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海の日なのに

even-though-it-is-a-sea-day


青い空がどこまでも続いていた。
湧き起こる白い入道雲のはるか上には、真夏の太陽が燃えていた。

見上げる国岡鐵造(てつぞう)の額には汗が流れ、かけていた眼鏡がずれていた。シャツにもべっとりと汗が滲んでいたが、暑さは微塵も感じなかった。

小学校の広い校庭に集まった人々の多くは、呆然と立ち尽くし、地面にひれ伏し、中にはすすり泣くものもいた。

鐵造は度の強い眼鏡をかけ直すと、しっかりと両足を踏みしめ、今しがたラジオで聞いたことを頭の中に反芻した。

日本は戦争に負けたーーーー自分の立っている足ものが巨大な沼となり、ずぶずぶと沈み込んでいくような錯覚を覚えた。絶望が全身を覆った。

これが世界を相手に戦った結末なのか。

苦しさに耐え抜きながら、最後に勝利することを信じて戦った末の結果が是なのか。この国はどうなってしまうのか。米英やソ連に占領され、国土と国民は蹂躙されるのだろうか。日本という国は滅んでしまうのだろうか。

いや、と鐵造は思った。日本人がいる限り、日本が滅ぶはずがない。

この焦土となった国を今一度立て直すのだ。その戦いは艱難辛苦に満ちた厳しいものになるだろうが、戦争以上に厳しいものではないはずだ。もはや銃弾や砲弾が飛び交うことはない。殺されることも殺すこともない。全ては己と己が守るべき家族のための戦いだ。死ぬ気で立ち向かえば、必ず日本は再び立ち上がれるはずだ。

鐵造はいったん家族の待つ家に戻った。栃木県の松田に借りている小さな家には、妻と四人の娘が暮らしていた。東京への空襲が激化した五月に、ひとまず女だけを疎開させていた。鐵造は東京で都立一中に在学中の17歳の昭一と二人で生活していた。

三日前に妻と娘の顔を見るために松田を訪れていたが、まさかこの地で玉音放送に接するとは思わなかった。

「戦争が終わった」

家に戻り、妻の多津子に言うと、彼女は頷いた。すでに近隣の者から知らさせていたのだろう。

多津子の目は真っ赤だった。五人の子を持つ母としては言い知れぬ不安が胸に渦巻いているであることは鐵造にもわかった。長女の正子は十二歳だが、末娘はまだ五歳だった。

「これからどうなるのでしょうか?」
多津子は不安そうな眼をして言った。

「もう空襲に怯えることはない」

妻はそんなことを訊いているのではないという顔をした。

「ゆっくり話している時間はない。しかしこれだけは言っておく。国岡鐵造の妻であるからには、決してうろたえてはならん。母たるお前が怯えた顔を見せれば正子たちも怯える。日本の女として、凛とせよ」

多津子は居住まいを正した。

「今からすぐに東京に戻らねばならない。落ち着いたら、東京に呼び戻す。それまで娘たちを頼む」

「はい」

力強く頷く多津子の顔には、先ほどまでの途方に暮れたような表情はどこにもなかった。



鐵造はその日のうちに東京にたどり着くことができた。

ドイツの高級車オペルの後部座席に揺られながら、ふと自らの生涯を想った。

この年、彼は還暦を迎えていた。古来、暦は六十を持って一つの区切りとなす。鐵造は自らの本卦還りの年に、日本がこのような大難を迎えたことに運命を感じた。自分の新しい人生と日本が重なりあうような錯覚を覚える。

東京の惨状は三日前と変わらなかった。見渡す限りの焼け野原で、かつて世界に冠たる華々しい帝都の面影はどこにもない。道を行く人々の体からは生気が感じられず、その目は虚ろだった。

無理もない、と鐵造は思った。
今日まで悲惨な境遇に耐えながら銃後の務めを懸命に果たしてきたのは、ただひとつ、戦争に勝つという目的のためだけだった。今やその全てが失われたのだ。この戦いで亡くなった幾多の命、父、母、兄、弟、姉、妹、もはや二度と帰らぬ尊い家族はなんのために失われたのか。

しかし鐵造は同時に人々の虚ろな目の奥に安堵と喜びの光があるのを見た。それは人間が持っていた生存本能であった。もう空襲はない。爆弾が降り注ぐ恐怖の夜はこない。

戦地で戦っていた父や兄、息子たちも帰ってくる。敗戦という絶望的な状況の中にありながらも、生き延びたという喜びがあった。鐵造はそこに一縷の希を見た。

鐵造の乗るオペルは銀座に着いた。銀座もかつての華やかな光景はどこにもない。ビルの大半は瓦礫と化し、優美なたたずまいを見せていた歌舞伎座も五月の空襲で、外壁だけを残して焼け落ちていた。その隣にある国岡商店の本社がある「国岡館」は奇跡的に焼失をまぬがれていた。

国岡館の前で車を降りた。夕刻であるのに西日はじりじりと照りつけ、体にはみるみる汗が噴き出した。しかし彼は、この汗は生きている証だと考えた。どっこい俺は生きている。そして日本もまだ死んだわけではない。

国岡館は鐵造の帰りを待っているように見えた。いつかは空襲で焼けるだろうと覚悟していたが、もはや焼け落ちることはない。彼は夕日を受けて聳え立つ五階建ての国岡館を見上げて勇気を感じた。

「あ、店主」

国岡館に足を踏み入れた時、常務の甲賀治作が声をかけた。鐵造は社員たちには「店主」と呼ばれている。

「いつ、東京に戻ってこられたのですか」

「今だ」

「放送はお聞きになられましたか」

「松田で聞いた」

「本当に日本は負けたのでしょうか」

鐵造はそれには答えず、「他の店員たちは?」と訊いた。

「正午の放送を聞いた後、とりあえず本日の業務は取りやめとして、帰らせました」

「よろしい」と甲賀は言った。「明日は1日休みにする。ただ明後日は全員出店するように」

甲賀は、わかりましたと答えた。

甲賀は三十年にわたって国岡商店で鐵造の片腕となって働いてきた番頭だ。もうすぐ五十歳になる。気の強い豪な男だったが、彼をしても表情には不安がいっぱいに漂っていた。

「店主、外地はどうなるのでしょうか」

鐵造は甲賀の長男が中国へ出征していることを思い出した。日本の敗戦によって、戦地にいる兵隊たちにはどんな運命が待ち構えているのか、想像もつかなかった。

「生きて虜囚の辱めを受けず」を信念に戦ってきた日本軍は、果たしておとなしく武装解除を受けるのだろうか。それとも徹底抗戦するのだろうか。いや、それはあってはならないことだ。

「終戦は陛下のご意思だ」鐵造は呟くように言った。「もはや戦闘はないだろう」

「わが国岡商店の営業所はどうなるのでしょうか」

「うむ」

鐵造は腕組みをした。

国岡商店の海外の営業所は六十二店、これは国内の八店をはるかに上回る。社員の大半は朝鮮、満州、中国、そして南方の比島(フィリピン)、仏印(ベトナム)、蘭印(インドネシア)で働いていた。

おそらく海外の営業所はすべて失われるだろう。しかし鐵造の胸には、そのことに対する絶望感はなかった。敗戦という、日本国の歴史が始まって以来の国難の前には、ささいなことだった。それよりも心を配るべきは、海外にいる国岡商店の店員たちの安全であり、甲賀の息子のように戦地へ赴いている兵隊たちのことである。国岡商店の店員の中にも徴兵されている者が何人もいる。

「甲賀も今日は家に帰れ。家族のそばにいてやれ」

甲賀は一礼すると、国岡館を去った。

鐵造はいったん、国岡館を出ると、会社の前に車を止めていた運転手の羽鳥に、「今日は帰ってよい」と言って、彼を帰らせた。

それから再び国岡館に入り、館内に勧請している宗像神社を参拝して、三女神に日本と日本民族の加護を願った。宗像神社には鐵造の郷里である宗像に総本社がある由緒ある神社で、幼い頃より深い尊崇の念を抱いていた。

その夜、鐵造は国岡館にひとりで泊まり、翌日は店主室で、座禅を組んで瞑想した。



八月十七日の朝、社員たちが国岡館の二階にある大会議室に集まった。五十畳ほどの広さを持つその部屋は、入店式などの特別な催しの時にホールとして使用するものだ。部屋にはそれらの催し用の雛壇もあった。

国岡商店の社員は約一千名いたが、七百人弱は海外支店と営業所にいて、二百名弱が軍隊に応召中だった。ただ現時点では、その生死も消息もまったく不明だった。内地に残った社員は百四十九名。東京の本社に残っているのは六十名だった。

鐵造は毎年、年初に社員を集めて訓示をするが、それ以外の日に行うことは滅多になかった。だからこの日の訓示は異例のことだった。

鐵造は壇上から社員たちを見渡した。皆、一様に不安そうな顔で自分を見つめている。戦争が終わったのは二日前だ。日本はどうなるのか、会社はどうなるのか、家族たちはどうなるのか
鐵造には彼らの恐怖が痛いほどわかった。だからこそ、彼らに言わなくてはならない。

「今から、皆の者に申し渡す」

鐵造はよく響く大きな声で言った。

鐵造の背は百七十センチ近くある。明治十八年生まれとしては大柄な男だ。その鐵造を見つめる六十名の社員が一斉に強張った。

壇上で鐵造と少し離れて立つ常務の甲賀の全身にも緊張が走った。甲賀は、店主が国岡商店の終わりを告げるのだろうと思った。

国岡商店は鐵造が一代で築き上げた石油販売会社であったが、戦前戦中、活動の大部分を海外に置いていた。戦争に負けたということは、それらの資産が全て失われるということを意味していた。鐵造のもとで三十年もともに頑張ってきた甲賀にとっては、国岡商店の解散は、終戦にも等しい悲しみであった。

鐵造はゆっくりと、しかし毅然とした声で言った。

「愚痴をやめよ」

社員たちははっとしたように鐵造の顔を見た。甲賀もまた驚いて鐵造を見た。

「愚痴は泣きごとである。亡国の声である。婦女子の声であり、断じて男子のとらざるところである」

社員たちの体がかすかに揺れた。

「日本には三千年の歴史がある。戦争に負けたからといって、大国民の誇りを失ってはならない。すべてを失おうとも、日本人がいる限り、この国は必ずや再び立ち上がる日が来る」

甲賀は自分の体が武者震いのように震えてくるのを感じた。

鐵造は力強く言った。

「ただちに再建にかかれ」

社員たちの背筋が伸びるのを甲賀は見た。ホールの空気がぴんと張りつめたような気がした。

しんと静まり返った中に、鐵造の声が朗々と響いた。

「昨日まで日本人は戦う国民であったが、今日からは平和を愛する国民になる。しかし、これが日本の真の姿である。これこそ大国民の襟度である。日本は必ずや再び立ち上がる。世界は再び驚倒するであろう」

店主の気迫に満ちた言葉に、甲賀は体の奥が熱くなるのを感じた。

鐵造は壇上から社員たちを睨みながら、「しかし・・・」と静かに言った。

「その道は、死に勝る苦しみと覚悟せよ」


——————————————————

海賊と呼ばれた男 百田尚樹著より抜粋



今日のメルマガは、いきなり本の抜粋から始めてしまいましたが・・・
(海の日なのに、全然爽やかじゃなくてすみませんm- -m)

これを書きながらまた涙が出てきてしまいました 泣


本当にかっこいい!!

さらにこの後がもっと感動するんです!




えっ?
どこが泣けるかぜんぜんわからなかった??



そんなー・・・
それはそれで悲しい。。。
(何を隠そう、僕は結構な右寄りなので、こういう話にめっぽう弱いんです・・・)



まあとにかく、今僕らがこうして世界でも最も平和で豊かな国に生きていられるのは国岡鐵造のような素晴らしい日本人がいたからこそ。


彼らのような気概で日々を生きていけばできないことは何もない!
そんな風に思わされます。



ということで、今日も一日ベストを尽くしていきましょう!





PS.
ちなみに主人公・国岡鐡造は出光興産創業者の出光佐三さんをモデルとし、国岡商店は出光興産がモデルになっているそうです。今度は出光興産や出光佐三さんについても深く学びたいなーと思っています^^




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Profile
山崎拓
山崎拓
1982年長野県生まれ。安曇野市在住。
Natural Lounge代表、ストールコンシェルジュ。
3児の父。
天然繊維100%ストールが大好きでほぼ一年中巻いている。
趣味が仕事で、休みより仕事をしているほうが楽しく落ち着くという仕事大好き人間。
情熱がある分野はビジネスや健康、教育関連。
好きなことは読書、Mr.Childrenの音楽鑑賞、家族サービス、旅行。
肌に直接身につけるものはもちろん、食べ物や生活スタイル全般を出来るだけ健康的で自然に沿ったものにできるよう日々自分自身でも様々なことを試し、顧客にもその効用を伝えている。


2019.07.15

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